紀伊半島の森の香り – ヒノキ
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文:Feyond
「美しい日本を歩きたい五百の道」のひとつ、「柳生の里」から奈良のお家を経て吉野山に向かう道中、北山杉から吉野杉、さらに高野松へと森の景色が変わるけど、山一面を覆う緑の美しさは変わらない。
今日は紀伊半島にある四代目の製材所の伝承者を訪ねる。
約束の時間より少し早く着いたおかげで、この開放された製材スペースをゆっくりで見学する時間が取れた。私たちの奈良の借家が隣接している「徳矢一級建材所」を思わせるような、静かでどこか神秘的な雰囲気を持つ場所で、敷地はおよそ千坪にも及び、さまざまな木材が整然と分類されている。その場の主の性格を思い描く間もなく、遠くから急速に駆け抜けてくるトラックの音が聞こえた。静かな午後に響く急ブレーキの音は、ひときわ鮮明だった。
「日曜日に急に仕事が入ったけど、誰も頼らず、自分でやるしかなかった。」
車から降りてきたのは社長で、小柄ながらも少し真剣で緊張した表情でそう説明してくれた。台湾の中小企業の経営者と同じように、たくさんの生活を支えている中で、大事な場面では結局自らが雑務までこなさなければならない。
それでも活力に満ち溢れ、冬の日差しのような暖かい笑顔が印象的な社長だった。
同行してくれた花山氏は、いつものように地元の人らしい礼儀正しい挨拶を済ませた後、私たちは社長に案内されて応接室に入った。
木の香りが広がる部屋で、馴染みのある杉の香りと、どこか見知らぬ檜の香りが混ざり合っている。頭の中には、険しく深い山々や、水が豊かで澄み切った紀伊半島の秘境の風景が浮かんでいた。
「何代も続く材木場で、父の代になって少し規模が大きくなったから、俺の代でもやらざるを得なかったんだ…」
(うん、家業を継ぐことは、多くの日本人にとって昔からの文化的な流れだ。)
「木材は日本人にとって欠かせない存在で、住宅建築、道具、紙など、さまざまな用途で使われている。だから、この製材所には、紀伊半島産のスギやヒノキはもちろん、老舗の和漢胃腸薬「陀羅尼助丸」に欠かせない黄檗木(オウバク)も置かれている。それ以外にも、石川県の能登半島から運ばれたヒバ、関東のカヤ、北海道のアカマツなど、さまざまな木材が揃っている。」
この一連の木の名前を聞くだけで、木材好きの私の心が強く揺さぶられる。
「ヒノキを観察するのが好きなんだ。岩の隙間を通り抜けながらねじれても、高く伸びるヒノキを見たことがある。密度が高くて、とても重要なグリーン建材なんだよ。昔ながらの大工は、木材に残った虫の卵を熱で殺す工夫をしていたし、昔の製材所にはそれぞれ自家製の蒸気加熱式防虫装置があった。うちにも父が作った減圧温熱循環式の装置を引き継いでいてね。ただ、精油が取れるなんて思いもしなかった。これもロマンチックな話だと思うよ。」
「もちろんいろんな抽出方法を試したけど、減圧温熱循環式の装置で乾燥させたヒノキから抽出した精油の香りが一番柔らかいね。でも、削って粉状にしたヒノキを蒸留して得られる赤褐色のオイルには、特に惹かれるものがあるんだ。」
「ヒノキの精油は幸福感を与えてくれる。特に雪が降る冬の季節にはね。減圧温熱循環式の装置から漂うヒノキの香りが、まるで雪の森を散歩しているような気分にさせてくれるんだよ。」
燦々とした笑顔から、社長がヒノキの香りに寄せる特別な想いが伝わってくる。
信州の水木沢や高山の飛驒、石川、神戸、北海道と訪れてきたけれど、どこでもまっすぐ高くそびえる立派な日本のヒノキを見ることができる。
それでも、紀伊半島で減圧温熱循環式の装置で抽出されたヒノキの森の香りは、私の海馬に深く刻まれた、心を揺さぶるほどの絶美な香りの記憶だ。